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開店ストーリー

開業物語 第5回 美容室アンドゥドゥ

オーナーの林さん

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店 名 / 美容室 アンドゥドゥ 
住 所 / 福岡市博多区吉塚5-1-5
T E L  / 092-629-2500
定休日 / 月曜・第3火曜
営業時間/10:00~19:00
坪 数 / 50坪(1・2F)
席 数 / セット 10台
シャンプー  6台


サービス業への目覚め

 「コーヒー飲みたいなぁ・・・」
夕食のあと家族揃ってTVを見ている親父がひと言。夢中になって「8時だよ全員集合」を見ていた私のアンテナにピピッときます。
「もう、しょうがないなぁ、コーヒー飲みたい人誰?」全員の手が上ります。出来立てのコーヒーをお盆に載せ、リビングのテーブルに・・・すると「ヒロタカ の淹れてくれたコーヒーは美味しいね」「ほんとコーヒー淹れるの上手だね」楽しみにしていた加藤茶のコントを見れなかったのも忘れ、私は満足げに家族の顔 を見渡した。このときの満足感を得たいために、20年後独立するなどとは夢にも思わなかった、小学校4年生のある晩の出来事でした。


18歳でラーメン屋開店!

月日は流れ18歳の春。
大学受験に失敗した私は、親に言われるがまま中華料理屋の門を叩いていました。もとはといえば地方公務員でもある親父がどうしても商売をしてみたいが、仕事を辞めるわけにもいかず、受験に失敗した息子を使い、自分の夢を叶えようとした末の結論でした。
大学に落ち浪人しようと思っていた私は、中華料理店の見習いとして、とりあえずスープの仕込みと中華鍋の振り方を覚えると、たった3ヶ月の修行でラーメン屋を開店してしまったのでした。





ラーメン屋にピリオド!

そんな調子で親父の実家、長野県飯田市にオープンしたラーメン屋。開店当時1年くらいは、そこそこお客さんも来て、調子に乗ってフェアレディZの新車を購 入!しかし、所詮は素人商売、徐々に売上げは落ち込みはじめる、そこでスープだけではなく麺も自家製麺に変えたりと売上げを上げるための試行錯誤の日々が 続く。しかし、いくら頑張ってもダメなものはダメでした。開店から5年、ラーメン屋は閉店する事になりました。



フリーター生活で学んだ「おもてなし」

ラーメン屋を失敗し、東京に戻ってきた私は、とりあえずアルバイトを始めました。派遣で紹介してもらって始めたホテルのレストランでのウエイターの仕事、ウエ イターというと、トレイに水を載せて出し、注文を聞いて料理を出すだけだと思っていたんですが、これが大間違い、甘かった!
メニューはなんと全て中国語、そしてドリンクや料理の出し方の細部にわたるサービスの基本、当然フロアに立っているときは私語は一切禁止!神経を張り詰めっぱなしの毎日でした。
しかしそんな日々の働きを買われ、ホテルのバーのマネージャーに誘われ、なんと憧れのバーテンダーデビューを果たすのでした。この時期、ホテルでの様々な仕事で「サービス」や「おもてなし」というものの形を勉強できました。




東京を離れ、いざ博多へ

しかし、この仕事とも別れのときが・・・25歳にして定職を持たない息子を心配している親を見て「ココにいてはいけない、一旦東京を離れよう」と決めた私 は、博多に行き再びラーメン屋の修行をすることに決めました。親戚の手を借りて、なんとかラーメン屋に就職することが決まった私は、吉塚にアパートを借り ました。




運命の出会い・・・・!

布団と洗濯機だけを持ち込み、なんとか住める環境を確保し、初出社の前、気持ちを新たに髪を切ろうと、バス通りに出て美容室を探しました。当時通り沿いに あったのはY美容室さんと、赤いタイル張りの美容室・・・。迷った挙句、私が入って行ったのは赤いタイル張りの、そう現在の”アンドゥドゥ”(旧フロアマ マ吉塚店)だったのです!その選択がその後の、私の人生を大きく変える運命の選択だったとは、当時の私は考えもしませんでした・・・。お店に入りイスに腰 掛け、「今日はどうなさいますか~」と声をかけてられ、当時カットし
たかパーマかけたかは、全然覚えていないのですが、ものすごく鮮明に覚えているのが、
話をしながら「博多に来て始めて口を利いた、あかの他人がこの人か~、これでこの人と結
婚とかしたらTVドラマみたいだな~」と妄想したことなのです。
そして話はTVドラマのように展開していったのでした。



28歳美容人生のはじまり

それから数年後、結婚、そして子供も生まれ、当時ラーメン屋を辞め、ホテルのレストランの責任者として働いていた私は、「このままでいいのか?」と自問自答 する日々に終止符を打つべく、フロアママの門を叩くことになりました。28歳のいい大人の私が、「自分の店を持つ!」と決意をし、美容人生をスタートさせ たのですが、18歳で10歳年下の先輩美容師達にあごで使われながらの修行は、今でこそ言えますが、結構厳しいものでした・・・。




美容室アンドゥドゥのスタート

それから3年の見習いを経て、フロアママ本社社長からチャンスを頂き、お店の権利を譲り受け、自分の城「アンドゥドゥ」としてスタートすることができました。
九州に来て大勢の方との出会い、その全ての方に支えられ励まされながら、どうにかこうにかココまでくることができました。
これからは、自分の夢を追い続けるのはもちろん、今の私を支えてくれるスタッフや、お客様の夢を叶えるお手伝いが出来るよう、力の限り頑張っていきたいと思います。



 

開業物語 第4回 餃子専門店 黒兵衛

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店主の執行さん

店 名 / 餃子専門店 黒兵衛 
住 所 / 福岡市南区大楠2丁目13-7
T E L  / 092-522-1726
F A X  / 092-551-8825
定休日 / 月曜日(月曜日が祭日の際は営業)
営業時間/11:00~20:00 
坪 数 / 10坪
席 数 / 4席


餃子物語のはじまり

それは店主、執行豊の物語でもある。
昭和23年、福岡市に生まれ西南大学卒業後、2年間のサラリーマン生活を送るが、病に倒れ退職。数年間のフリーター生活を経て、金融業を始めると業績は順 調に伸びていった。そんなある日、知人の保証人になった為、多額の借金をかかえしまい生活は一変し、食事代にも事欠くようになった。




餃子との出会い

そんな状況のなかでも、周囲の協力もあり平成9年11月に福岡市中央区
舞鶴に飲食店を開業することになる。
もともと食べることが好きで、あちこち食べ歩いてはいたものの料理など全く自信が無かった。
そんな時、父 の戦友でもあった宮崎県延岡市在住の黒木清氏に出会う。黒木氏は地元で約50年のキャリアを持つ餃子一筋の方である。
約半年間、黒木氏宅で修行させて頂いた。餃子作りは一見簡単そうに見えて、いざ実際自分で作ってみると師匠の味とはまったく違い、自信がないままのスタートでもあった。




挫折・・・ふと気づけば居酒屋に

開店はしたものの案の状、来店が多かったのは開店当初だけで、その後 は数えるくらいの来客数の日々が続く。
そのうち徐々に餃子以外のメニューを増やすことで少しづつ売上げは上がるが肝心の餃子の売れ行きは伸びず、いつしか餃子専門店が居酒屋になってしまった。 4年間頑張ったが、心労が重なり、急性腹膜炎で入院、胃の4分の3を切除して、何とか命は助かったがお店は閉店を余儀なくされることになる。




もう一度餃子を・・・

またまた、生活に事欠く日々が続く、そんな中、「もう一度餃子専門店を・・・」という餃子一筋に賭ける決心のもと、平成11年南区玉川町に店を構える。とはいっても立地は人通りの少ない路地裏、住まいを兼ねた店舗の面積はわずか二坪からの再出発である。
それからというもの脇目もふらず餃子一筋、餃子まみれの日々が続く。
原価も考えず、とにかく美味しい餃子を作ろうと、塩、水、肉、野菜等良いものを日々探し求めた。また、皮の厚さも試行錯誤の結果、美しいきつね色に仕上が る現在の厚さになった。最初の1年間は売上げこそ少なかったが、研究 時間もたっぷりあり、日々研究を重ねることに専念した。




天からのご褒美

餃子の味に自信ができ始めた頃、「やずや」さんのコミュ二ティ誌に掲載されたり、口コミで除々にお客さんも増え始めてきた。
そんな時KBC放送「アサデス」のお取寄せ餃子で2回取り上げて頂き、店は大ブレイク!夫婦二人ではこなしきれずスタッフを動員。
店を立ち上げるまでの苦しい日々を振り返り、多くの方に励まされ助けられた感謝を感じる時期でもあった。



北九州リバーウォーク

こうして次から次にメディアに取り上げられた事で、平成16年4月北九州 市のリバーウォーク施設内「餃子の小径」への出店依頼の話しが飛び込んで来る、期間限定ということもあって出店を決意した。
第3回餃子バトルでは見事1位になるなど、北九州でも順調な売上げを続けた。






新たな出発

黒兵衛は、皮から具まで全て手造り、売上げがあがると共に、二坪の店舗では作業が出来なくなる、厨房の狭さに加え、買いに来て下さるお客様の駐停車で近隣の 方にご迷惑をおかけする様になる。更に日曜 日も営業してほしいとのたくさんのお声をいただき、南区大楠の現店舗へ移転を決めた。広くなった事で作業性も良くなり、路地裏から表通りへと移ったこと で、認知度も上がりお客さんも増えてきた。






いつだって一生懸命

餃子専門店「黒兵衛」は生産ルートにこだわり、たくさんの野菜を体に、どこよりも美味しい黒豚で、ラーメンだって作れるスープを国産小麦に練りこんで、食から栄養を体に取り込むことを大切に1つ1つ手づくりしている。
黒兵衛を好きといって下さるお客様の想いを餃子の中にいっぱいつめてお届けしたい。
それがずっと変わらぬ黒兵衛のコンセプトである。




開業物語 第3回 サプリ ヘアクリエーション

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店 名 / サプリ ヘアークリエーション
住 所 / 福岡市早良区原6-29-12
TEL / 092-846-5810
定休日 / 毎週 月 第3火(祝日の場合は営業)
営業時間 / 9:30~19:30
開店日 / 2005年 6月22日
坪 数 / 12.5坪
席 数 / セット 4台
シャンプー 2台

オーナーの
松本さん

サプリ ヘアクリエーション

 

美容師になろう。

美容師になろうと思ったのは、中学生の頃です。
その頃流行ってた歌手の髪型を真似てみたくて、床屋じゃなくて美容室に行きました。
結果は・・・、髪の長さが足りなくて、思っていたのとは全然違う仕上がりになってしまいましたが・・・。
けれど、 美容師という仕事に興味を持ったのは確かにその時でした。
それで、中学3年の時、親に美容師をやってみたいと相談したら知り合いの美容業界の方を紹介してくれました。
その方に「高校を出て、気持ちが変わらなければもう一度来なさい。」と言われ、高校3年の時もう一度、その方に相談に行きました。
すると大阪で1,2を争うお店を紹介してくださり、「石にかじりついても、5年間やってみなさい。」と言われ、単身大阪に出て、働きながら美容師の勉強をしました。


美容師としての修業。

大阪での暮らしはとても厳しい修行の毎日でした。
2畳の部屋に住んで、昼はサロン、夜は勉強で美容師の資格を取りました。けれど今思えば、その苦労が全部、今の美容師としての自分の基礎になっていますね。
5年が過ぎ、大阪を離れロンドンに1ヶ月ほど留学をしました。帰ってくると、先輩から「名古屋で新しいサロンをはじめるから、立ち上げを手伝ってくれないか?」と誘われ、名古屋に。
そこで1年半ほど働いたのですが、先輩がスタイリストから経営者へと変わっていくのを、身近で見ていてサロン経営の難しさみたいなものを感じましたね。



自分を磨いていこう。

経営というものを考えはじめる傍ら、スタイリストとしての自分をもっと磨いてみたいとも考えていました。
そこで、東京にあるメイクの学校を受験しようと考えたのです。
その学校に入るためには試験があって、全国から美容師が集まってくる難関でした。学費を稼ぐために、地元に帰って半年間お金を貯めるために、勉強しながら朝も夜も働きました。
そんな努力の甲斐あって、合格者20人という狭き門をくぐり抜けて、その学校で1年間勉強しました。歌舞伎のメイクやら、メイクの歴史、美大の先生を呼んでのデッサン・・・。ひたすらクリエイティブで、 周りの人間や環境に刺激を受けた毎日でした。

 




華々しい世界と両親の言葉

メイクの学校を出ても、そのまま東京に残り、サロンに勤めました。当時自分はテレビ局や雑誌のスタイリストの仕事もしていたのですが、華やかな世界に身を置きながらも、やっぱり自分のお店を持ちたいと考えるようになりました。
独立して自分のお店を持つことを深く考えはじめた頃、ちょうど両親から「九州に帰ってきてくれないか?」と言われました。
自分も30歳。ずっと応援してくれた両親の求めに応じ、福岡に移りこの地での独立開業を本格的に考えることにしたのです。

 



独立を決心させたのは・・・「ネット占い」?

福岡で独立を考えながら働き出したある日、何の気ナシにインターネットで自分の運気を占ってみました、すると「今年は何をやってもダメ!」・・・ んん・・・。
違う占いをやってみたら「今年は勝負の年、必ずうまくいく!」・・・・よっしゃ!勝負!
と、言いうわけでその年の独立を決心しました。けれども別にいい加減な気持ちだったわけではありませんよ。”きっかけ”みたいなものだったと思います。 ちょうど子供が生まれて、精神的にも、年齢的にも今が一番気力が充実しているんじゃないかな?と思った所の占いで、一気に弾みがついたんだと思います。

 





お店を作るということ、経営者になるということ。

実は最初、ただ単に手を掛けずにお店を持ちたい、とだけ考えていました。しかし、相談に行ったところがまずかったのか、紹介される物件もしっくり来ないし、 「チラシをまけばお客さんは来ますヨ!」なんて調子のいいことばかり、挙句、うたい文句と違った契約内容だったのです。
これはいけないと思い、もう一度自分で店舗の内装会社を探しました。すぐに相談に行ったら「それはいけない、あなたは経営者になるんだから。」と言われ、もっと経営の勉強をして独立を考えなければ!と一念発起。
最初の会社を断り、店づくりは相談に行った内装会社にお願いして、自分は美容師としてのサロンワーク以上の、「経営者としての勉強」をはじめました。



全ては「サプリ」という言葉

まず最初にお店の名前「サプリ」を決めました。
そして自分はどんなお客さんに来て欲しいか?どんなところにそんな人達はいるか?そう考えて立地を決めました。
また、お店のデザインや、設計の大まかな所は担当のデザイナーさんに任せました。自分もお客さんのスタイルを作るプロとしての経験上、細々としたことを指 定されるより、大まかなイメージを共有し、後はプロに任せた方が、より良いものを作り上げられると思ったからです。 だから、こだわったのは自分が持っている「サプリ」と言う言葉のイメージをいかにデザイナーさんに伝えられるか、また、デザイナーさんがそれをどれだけ実 現してくれるかどうか?という点です。

 



経営者としてのスタート

工事期間中はとにかく、ひたすら経営の勉強をしました。
午前中はポスティングしながら、近所の雰囲気や交通量を見たり、午後は現場の状況を確認して、経営の本を読んだり、勉強会に出たり。
そこで、「自分にしかできないこと」を「サプリ」の特徴に打ちだそうと考えました。
そして引き渡しの後、ずっと薬剤の調整をしていました。オープンぎりぎりまで、毎日2,3人づつ知り合いに来てもらって、全部で20人くらいですかね。と いうのも、自分は知識、特に「髪に優しいパーマ・カラー」の知識や腕に自信があって、それを「サプリにしか出来ないこと」にしようと思ってこだわりまし た。


2005年6月22日9時30分・・・オープン

初日はずいぶん予約もあったんですが、オープンした最初の頃はなかなか思うとおりにはいかなかったですね。
けれど、「こんなもんかなぁ」と、必要以上に焦らなかったと思います。なぜなら、お客さんもない、あまり縁のない土地お店を出したのだし。・・・しかしそれ以上に自分がしてきた経営の勉強やリサーチ、そして、たくさんのこだわりに自信があったんです。
今では「サプリ」のこだわりに共感してくれるお客さんがずいぶん来てくれるようになりました。
先日、偶然大阪時代の厳しい修業時代を乗り越えた仲間達と会うことが出来ました、それぞれ自分の店を持って頑張っている姿に、自分も負けてられないと思っています。

 



開業物語 第2回 アジアンセラピー サララ

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店 名 / アジアンセラピー サララ
住 所 / 福岡市中央区天神2-2-13サンベアービル 4F
TEL・FAX / 092-714-7999
定休日 / な し
営業時間 / 11:00~21:00(受付 20:30)
開店日 / 2004年 11月9日
坪 数 / 16坪
席 数 / ベット 4台

 

オーナーの張さん

 

 


開業する前の私。

開業する前、私は天神のデパートに勤めていました。
女性が働きやすい職場環境だったので、3人の子育てとの両立ができる何不自由無い生活をおくっていました。ただ、育児休業で1年休んで復帰する度に思った ことは、「私がいなくても支障なくまわっていたんだな…」です。そんなある日、趣味で始めたトールペイントの教室での素敵な先生との出会い。自分の趣味を仕事に出来るなんて最高よね!私も好きなことを仕事にしてやりがいを感じたい!でも自分のしたい事ってなんだろう・・・?




開業のきっかけは…
リフレクソロジストとして活躍している自分の姿。

そんなある日、友人に誘われてリフレクソロジーサロンへ。
初めて体験したリフレクソロジーがとても気持ちよくて、疲れを溜め込まない方法を職場の同僚や友達にも教えてあげようと思いました。
それよりも、私がみんなにしてあげられたらどんなに素敵だろう!そうだ、人をキレイにして喜ばせたり元気にしたりすることが昔から大好きだったじゃない! 私の趣味は人を元気にすること。
コレだったら趣味を仕事にできる!施術中、頭の中では自分がリフレクソロジストとして活躍している姿が浮かび、帰り道「ケイコとマナブ」を買っていました。



やりたいことが見つかった!・・・でも、次は?

3ヶ月かけて夫を説得して、会社に退職願を出し、リフレクソロジースクールへ通いだした私でしたが、開業となるとどうしていいのか全く見当もつきません。
自宅開業で細々と1人でやろう。それより、近所のマンションを借りたほうがいいかな?不動産屋さんの勧める部屋を見に行ってもなかなかピンとくる物件も無い。
実はこのとき、私は一つのことを我慢していたのです。
それは「ちゃんとした店舗を構えて看板を出したい!

 




「やっぱり自分のお店を持ちたい!」

自分に正直に本当にやりたい開業を考えてみました。
そして、「天神に自分のお店を持ちたい!」「もう、マンションで我慢するのは嫌だ!」と気持ちが決まったのです。
それからはビル・店舗専門の不動産屋さんに切り替えて物件探しを始めました。運良くちょうどいいタイミングで完成したばかりのビルのテナントに即決!福岡駅から徒歩3分で国体道路沿いの好立地。これなら天神に勤める人や、乗り換える人にも便利!よし、店舗は決まった。
早速、店舗の設計事務所を探して、物件が決まっていること、なるべく早く開店したい事を伝えました。
“私のお店作り”の開始です!

 



独立開業に向けて準備!・・・勉強あるのみ

学校を出て資格を取った私でしたが、開業するに当たって、勉強しないといけないことはまだまだ山積みです。
資格取得後、リフレクソロジーサロンで修行をしていましたが、開業ギリギリまで働きました。技術以外の勉強は商工会のセミナーや開業や経営の勉強会にも通 いました。それまでに自分で準備をしていた開業計画書は1枚で中身の薄いものでしたが、セミナーで見本として出されたのが16枚綴りだったのには驚きました。それをお手本に私も16枚綴りの中身の濃いものに仕上げました。

 




私にしかできないおしゃれなお店を作ろう!
目指すは「アジアンリゾート」

修行や勉強をしていく中でお店のコンセプトが固まってきました。「治療院」のような味気ないサロンはゼッタイ嫌。憧れの国、タイやバリのスパをイメージした店内に1歩入るだけで普段の生活から離れられる空間にしたい。そして、かつての私のような「子育て中のママや働く女性」を応援するお店にしようと思いました。この思いをデザイナーさんへ伝えるために本屋でいろんな雑誌を買い、イメージに合う写真の切抜きを集めました。うまく伝わったかな?とちょっぴり心配でしたが、できあがった図面を見て感激!私の夢がだんだん形になっていく。

 




工事開始!・・・でも様子を見る暇もない!?

図面が出来て、壁紙や床材が決まって工事着工からオープンまではあっという間でした。
修行をしながら休日を利用して、スタッフの研修やお店に置くインテリア選び、開業案内の手紙の準備をしました。スタッフはリフレクソロジースクールの同級 生2人。他店で働いていたところ声をかけて来てもらいました。なので、技術面を指導せずに済み助かりました。あれこれ準備をしていたらあっという間にオー プンが迫ってきます。





ついに出来た私のお店!

完成したお店は想像以上に素敵でした。けれど、それに浸るまもなくオープンは間近。
スタッフと予行演習を繰り返しながら、準備を進めます。スタッフに1番に話したことは「ここは喋る足つぼ屋にするから」ということ。リフレクソロジーサロンというとほとんどのお店がシーンと静まり返った静かな店。だから、ここは喋ってストレス発散できるお店にしたかったのです。お客様が抱える仕事や育児の悩みを聞いたり、疲れを溜めないためのホームケアのアドバイスをしたりして、心身ともに元気になっていただける。そんなお店を作りたかったから。




2004年11月9日10時00分・・・「オープン当日」

オー プン当日…実は今のようにお客さんが来てくれたわけではありませんでした。お店を開けばお客さんは来てくれる。そう思っていたけれど、知名度も無いお店に お客さんを集めるのは大変でした。開業してからも勉強の毎日でした。業種は違えど、同じく開業した仲間と情報交換をしたり、試行錯誤を繰り返しながらチラ シを作って配ったり。そうしているうちに1度来たお客さんが2度3度とリピーターになってくださるようになり、紹介も増えました。「美容室に行く回数を減らしてでも、ここに来たほうがキレイになれるわ。」あるお客さんからいただいた言葉です。現在は毎日、お客さんとの話し声で賑わうお店になりました。
本当に作りたかったものが現実になり、毎日幸せな日々を送っています。

 






開業物語 第1回 ぢどり長屋

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店 名/ぢどり長屋
住 所/福岡市中央区薬院3-12-12
TEL/092-526-1023
営業時間/18:00~24:00
(金・土・祝前18:00~01:00)
開店日/2005年6月15日
坪数/15坪
席数/30席
URL/
BLOG/http://ameblo.jp/nagayano-kiyojun/

 

(さらに…)

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