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開業物語第12回  マフィン焼けたよー!

 

店名/   マフィン焼けたよー!

住所/   福岡県福岡市中央区平尾2丁目14-21

電話番号/ 092-524-0116

店休日/  水曜日

営業時間/ 10:00~19:00(火・金は7:30~)

blog/   http://muffinyaketayo.com/

 

 

今回は、西鉄大牟田線 平尾駅にほど近い「マフィン専門店 マフィン焼けたよー!」(2015年11月オープン)のオーナー、縄田さんにお話を伺いました。そしてインタビューの前に、まずはマフィンを試食。悩みに悩んだ結果、月替わりマフィンから「もも紅茶」をいただきました。おいしい!

 

 

この豊富なレシピのアイディアはどこから生まれるのですか?

 

 

日常的にスーパーで買い物しながら「そろそろこの果物の季節か…」ということからレシピを思いつくこともありますし、料理のレシピ本を見てインスピレーションがわくこともあります。

例えば、2017年7月に作った「ズッキーニ鶏肉ココナッツ」という食事系のマフィンは、スープのレシピを見て思いついたものです。ズッキーニと鶏肉は炒めてもおいしいですしね。当店では、「複数の具材を組み合わせて、新しいおいしさを生み出す」というのがコンセプトになっています。

今後もいろんな具材を2種、3種と組み合わせて「こんな組み合わせがあるなんて!」とお客様に驚いていただきたいと思っています。

 

 

そのほかには、「トップのところを食べたらおいしい部分はおしまい」というのがあまり好きではないので、「最初から最後までおいしい」というのを目指して作っています。つまり、同じ生地のトップに違う具材を並べて焼くのではなく、できるだけ生地全体に具材を混ぜ込んで焼くようにしています。

 

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マフィン作りのきっかけは何ですか?

 

 

小さい時からお菓子は作っていましたが、まさか職業になるとは思っていませんでした。

起業しようと思ったのは前職を辞める1年半前。マフィンを作りはじめたのは、もう少し前です。

ある時、小さい子供のいる友人宅に招かれたのでマフィンを作って手土産にしたらとても喜んでくれたんです。

うちの母は家でお菓子をよく作ってくれる人でしたが、最近では家でお菓子を作ることはそう多くはないという話を聞きました。お母さんたちが忙しいんでしょうかね。

またある時は、職場でマフィンを配ったらこれまた想像以上のいい反応で驚きました。

 

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起業前にどんな準備をしましたか?

 

 

まず商品の開発についてですが、起業を決意した後、ありがたいことに当時の職場の上司・同僚の協力を得て、毎週1回、職場で試食会を実施する機会を得ました

。当時は国際交流の仕事をしていたので、同じ職場にはいろんな国と関わりを持って育った人が多く、「この国にはこんなお菓子があるよ」「こんな料理があるよ」「こんな粉があるよ」と、私が作るマフィンをもっとおいしくするためにいろいろなアイディアを出してくれました。

また「もうちょっとしっとりさせるためには何をいれたらいいか」という議題について、お母さんやおばあちゃんの知恵を聞いてくれるようなこともありました

。回を重ねるごとに少しずつ上達していって、「よし、これなら売り物としてOK!」と言われた時は本当にうれしかったです。

決して甘い評価をせず、おいしくない時にはおいしくないとはっきり言ってくれた上司・同僚には本当に感謝しています。

 

 

その他の準備もいろいろありましたね。当時は東京で仕事をしながら、福岡での起業を考えていたので、離れていても出来ることから始めました。

東京で起業のノウハウを学べるセミナーに行ったり、イベントに出店したりして、少しずつですが「こういうことなのか」と思いながら「起業」というものを眺めていました。

またWebで見られるデータの整理なども始めました。福岡の人口バランス、消費傾向などを見ながらどのエリアに出店するかある程度めどを付けました。

そして福岡に引っ越したのが2015年4月半ば。それから起業セミナーを2つ受けて、経験ゼロだったカフェでの製造・販売の経験をして、6月には今の物件に出会うことができました。

そして11月の頭に店をオープンしました。周りからは「早い、早い」と言われましたが、私自身は当初からそんなにのんびりするつもりはなかったので「こんなものだろう」という感じでした。結果的には、起業資金をあまり減らすことなくオープンにこぎつけたので、今振り返ってもよいペースだったと思います。

 

 

どうしてリードクリエーションを選んだのですか?

 

 

今の物件(築60年弱の木造)を見た時は、正直、あまりの古さに「大丈夫かな」と不安になりました。

しかし、「ここで頑張っていこう!」と決心した時、リードさんが「古さは問題ありません。大丈夫ですよ。任せてください。素敵なお店を作ります!」と言ってくださったことで気持ちよく踏み出すことができました。

リードさんは店舗を設計されるにあたり、まずは私自身について「どんな人なのか」「どんなお菓子を作るのか」「何が好きなのか」等、本当にいろんなことを聞いてくださいました。そのため、それを基に提案されたものは、的が外れているということはなかったし、素人でも選びやすいところまで絞ってから選択肢を与えてくださったので、決定をするのが非常に楽でした。

 

 

また実際に、設計を依頼する段階で複数の見積書を取って分かったことですが、予算は当然どの会社でも聞かれるものです。

そして見積書の段階ではどこの会社からも予算いっぱいの額が提示されます。つまり金額だけ比較すると差がないわけです。

そのくせ、その下の細かい項目は素人には詳しくわからない内容になっています。

ただ素人ながらに1つずつ項目を比較してみると、「この会社はここにお金をかけているな」ということはおのずと分かります。

そして「どうして御社はここにお金をかけるのですか」と質問をしたときに、明確な答えが返ってくること、これがとても大事なことだと思いました

。私の場合、リードさんがお考えになる「お金のかけどころ」の説明に非常に納得ができたので、リードさんを選びました。

とにかく計画段階でも、工事が始まってからもリードさんとは本当にたくさん話しました。

だから「知らないうちに自分の望まない方向に話が進んでいた」ということは何一つありませんでした。おそらく、人としての相性もよかったんだと思います。

 

 

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今後の展望を聞かせてください!

 

 

まだオープンして2年足らずで(2017年8月現在)分からないことばかりで落ち着きません。

早く、もう少し余裕が持てるようになって「うん、大丈夫」という感じになりたいですね。ただ2年目に入って、1年目よりは格段にお客様との距離が近くなり、共有できるものが多くなりました

。具体的にはその人の味の好みが分かってきたり、ご家族やお友達も店に来てくださるようになったり。本当にうれしいことだと思っています。

 

 

あとは、当店は、これまでさまざまなメディアの力もお借りすることができ、比較的広報の機会には恵まれてきました。

そのおかげで、少しずつですが「平尾駅の近くにマフィン屋さんがあるよね」ということが浸透してきているのを感じます。

遠方からわざわざ足を運んでくださる方もいらっしゃるので、まずは知っていただけることを本当にありがたいと思っています。

引き続き自分の思いをマフィンに託して、それを食べてくださった方に「おいしいね」「こんなマフィン初めて食べた!」と言ってもらえるように努力・工夫を続けたいと思います。

 

 

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開業物語第11回 美容室LUCiA HAIR ART

店名 / 美容室LUCiA HAIR ART 
住所 / 福岡県福岡市南区高宮2丁目1-31 サリナス高宮壱番館1F
電話番号 / 092-524-3566
定休日 /月曜日
営業時間 / 9:00-19:30
Facebook / https://www.facebook.com/lucia.s28/

 

美容師になろうと思ったきっかけ

高校時代は熊本の工業高校で機械を学んでいました。
卒業後、美容学校に入学し当時は、美容師に『すごくなりたい!』というわけではなかったと思うのですが、勉強していくうちにどんどんのめり込んでいきました。
就職してまもなく20歳くらいの時に、美容師になるなら独立しよう!という気持ちはすでに持っていて、今、思うと、当時の自分は『青かったな~』と思いますが(笑)でも、公言していたということはそれだけ想いが強かったのだと思います。

 

関西・関東10年間で学んだこと。

美容学校卒業後、京都で美容師として働きながら『美容組合』の大会にも出場していました。
そこでいろいろとお世話になった方がいらしたので、1年間関東へ行きました。そしたらすごく田舎で…(笑)早く戻りたかったですね。ただ、普段人が多くいる場所では気づかないことを学べましたし、会社組織の中での働き方と、自営での働き方をこの時期に両方体験できたのはすごく良かったと思います。

 

独立するなら福岡!

昨年まで1年間関東、その前は関西で勤めていて地震のこともあって戻ってきました。
色々な方からの助言の中で、福岡には人がいる、集まる場所があるということでこの場所で勝負してみたいという気持ちがありました。熊本で生まれ育ち、関西・関東で仕事をしてきて、たくさんの場所を放浪してきましたが、今、九州に帰ってきてやっぱり『懐かしいな、いいところだな』と感じています。

 

美容室ルシア 野中さん

 

リードクリエーションとの出会い

福岡で物件を探していたときに、リードさんを紹介していただきました。
それが昨年の夏ごろだったのでトントントンと、気づけば今年1月にオープンしていました。この場所(高宮)に決めた理由は『あ、いいなー』と直感が働いたので。特に深い意味があるわけではないですが、色々な人に見ていただいて『いいんじゃない?』という言葉をいただいたので、それを信じて『よし、ここでいこう!』と決めました。

 

ルシア外観

 

趣味はもっぱら仕事、そして『観る』こと。

今は、とにかく仕事がしたい!仕事が趣味になりました!笑
海にもよくいきますね。(昔、サーフィンをしていたそう)おばあちゃんが天草にいるので毎月帰っています。
物事の角度を変えてみるといろんなことが発見できるのが面白くて、建築とか植物とか、常に何かを見て感じているのだと思います。対象物を決めているわけではないですが、『観る』ことも勉強だと思っています。建築も家具も植物も人も実は全ては曲線なので、そういう視点を持って観察することが好きです。

 

店舗小物備品

 

今の目標

オープンから5ヵ月目に入って、これから少しずつ、こんなことしたいあんなことしたい、というのを実現していきたいです。より多くの方に知っていただいきたいので、今後イベントもできたらいいですね。人に喜んでいただける空間を提供できる、というのが美容室だと思っていますので美容をとおして喜んでいただけるように成長していくことが今の大きな目標です。
来ていただいたお客様がどう変わって、どのようなライフスタイルに変わっていくかということを引き出しながらサービスを提供していけたらと思います。

 

独立してからは、今まで気づかなかった「いい面」「悪い面」が見えてきました。自分の興味があることを積極的にできること、お客様からの『これがやりたい』ということに対して『いいですよ!』とすぐにお応えできることは自分独りだからできることです。逆に実現できる範囲も限られることもありますが、それも自分の改善点として今後できることを増やしていきたいです。いいことも悪いことも全て社会勉強!

 

美容室LUCiA店内

 

これから来店いただくお客さまへメッセージ

技術だけに限らず、小さなおもてなしから喜んでいただけたらいいなと思っています。

 

LUCiA野中さん

開業物語第10回 レンタル衣裳Abel

店名 / レンタル衣裳 Abel(アベル) 
住所 / 福岡市南区大橋1丁目22−16
電話番号 / 092-553-0606
定休日 /水曜日
営業時間 / 10:00-18:30

ホームページ / http://abel20.com

 

両親の代から受け継いだ貸衣裳屋

小さいころからよく店には行っていましたので、自然と自分の生業になり気づけばこの道一筋15年です。
はじめは両親の仕事を手伝っていて、当時は結婚式のウエディング衣装も展開していたこともあり、主に写真撮影を担当していました。
店を受け継ぐことになったとき、せっかく自分の店としてやっていくのであれば…と、業態を絞って成人式と卒業式をメインに、新しい感覚を取り入れた店づくりを目指しました。

 

レンタル衣裳アベル外観

 

自分の感性を信じて

京都で毎年開かれる展示会で着物を仕入れてきます。定番から最新デザインまで、会場中勢ぞろいしていますが、観るポイントはとにかく「自分の感性」!と、同時に客観的な視点も大事なので、仕入れるかどうかは別として今の感覚を養うためにも、その年の「トレンド」も一通り見るようにしています。

 

自分の中だけのイメージだけだと古くなってしまいますからね。トレンドに関しては東京と福岡ではまた少し違うのですが、他店には置いてないような個性的なデザインの着物も取り入れています。年代が違うと考え方も違うので若い人の感性に合わせながらコーディネートの提案を行っています。

ある程度はその方の感性に委ねますが、「着物」として変な組み合わせの時はプロとしてちゃんとアドバイスします(笑)

 

着物レンタル衣裳

 

リードクリエーションとの出会い

リードさんのホームページを見て連絡しました。レスポンスがとにかく早かった!
実は、他社と相見積を取っていてリードさんのほうが金額は高かったんです。でも実際に事務所へ伺ってみて荒井さんとお話させていただいて、人柄と誠実さが決め手となって「ここにお願いしよう」と決めました。時間・日程など曖昧にするところも多い中、その点も対応が早くって。この物件にもすぐに見にきてくれて、事細やかに現調されて帰っていかれましたね。

 

やはり値段じゃないです(笑)やってみないと分からないことも多いし結局は『人』です、人柄だと思います。

見積に対してきちんとやってくれるかどうか、初めてのことなので、その点に対しても信頼ができるかどうかは大切だと思います。

 

店づくりのコンセプト

兵庫にある店舗の内装がとても魅力的でかっこよくて『こんな感じにしよう!』と直感で決めました。
頭の中にはすでにイメージがあったので。このミラーもそこからインスピレーションをいただいて今回はオリジナルでキャスターを付けました。かなりのお気に入りです!

当初は2台制作する予定でしたが、1台しか作れず…。ただ、結果としては想像以上に衣装が多くなりましたので、着付けスペースの確保を考えると1台でよかったかもです(笑)
動かせるようにしたのはとてもよかったですね。
たまに、『このミラーがほしいです!』という方もいらっしゃいまして、実は密かな人気アイテムです…(笑)

 

メッセージ

変わったデザインの着物をお探しの方は、ぜひお越しください。珍しいものを揃えておまちしております!

 

アベル店内

開業物語第9回 讃岐うどん志成

shop date
店  名 /讃岐うどん志成(しなり)                             

住  所 /福岡市中央区大手門3-3-24小金丸ビル1F北側                    
TEL / 092-724-3946
定休日 /月曜日 
営業時間 /

火曜~金曜:昼 11:30~15:00 夜 17:30~21:00
土・日・祝日:昼 11:30~16:00 夜 なし
坪 数 / 10 坪
席 数 / 10 席                                                             

 

2008年にリード・クリエーションで新規オープンのお手伝いをさせていただいた『志成』さま。
毎日行列が出来る人気店です!
店主の志浪 政憲(しなみ まさのり)さんにお話を伺いました。

 

未経験からのうどん店開業

以前は東京で美容商社の営業をしたり、親類の建設会社に勤務していました。      
ただ、昔から飲食店がしたいという夢があって妻に相談していました。

漠然としていて業種は決めていませんでしたけど。
 
讃岐うどんとの出会いは旅行で四国に行った時です。

香川県で食べた讃岐うどんのおいしさに感動してうどん屋をやろうと決めました。
うどんに関しては素人だったので、香川にあるうどん学校に行きました。

5日間で学ぶコースを2回受け、やっていけそうな手ごたえを感じました。
学校で学んだだけでは不安だったので学校の直営店で修行もさせてもらいました。
※うどん作りだけでなく、開業の立地や経営についてもアドバイスもしてくれるという大和製作所さんの“うどん学校”です。
 

店づくりスタート

リードさんのことはインターネットで検索して見つけました。                                         
ホームページを見て、親しみやすくて初めての開業の相談がしやすそうだと感じました。
実際に開業した方の声がたくさん載っていたので、ここにお願いしようと決めました。

店舗デザインの打合せでは、清潔感がある雰囲気で、木の質感を大切にしてほしいとリクエストしました。
店作りは初めてのことばかりだったので、福泉社長や担当の方にたくさんアドバイスしていただきました。
途中で、外部の視線が気になるのでやはり窓の大きさを小さく変更したい

…等の要望にもすばやく対応していただけました。
 
店舗デザインは全体的に気に入っています。
特に丸みのある天井と壁の木の部分はいいですね。
女性のおひとりのお客様でも入りやすく居心地がいい空間です。

 

予算との兼ね合いで妥協した部分も

厨房もホールも通路が狭いので、人がすれ違う時ぶつかってしまうのが難点ですね。
でもここより大きい店舗での検討はしなかったので、この空間の中では仕方がないと納得しています。

できればカウンターの板を集成材ではなく無垢板を使いたかった、という希望もありましたが予算内で収めていただいた感じです。

 

オープンしたものの集客大苦戦…

はじめの半年くらいは、お客様が少なくて本当に苦労しました。                                        
うまく店を回していく自信がなかったので夜の営業をしていなかったこともあり、1日20名程度のお客様ということが続きました。

あせりも出てきてうどんに700円という客単価の設定が高すぎるのか…、と悩んだりもしました。
しかし、いい素材で無添加だしにこだわってやって行きたいという信念は曲げたくなかったので価格はそのままでがんばりました。
すると、お客様の口コミなどで次第に満席の日か多くなり半年経った頃には、行列ができるようになりました。

※取材に伺ったこの土曜日も、12時には12名ほどの行列。
11時30分の開店と同時に満席になり、14時頃まで行列が続くことが多いそうです。

 

リピーターの多い人気店になれた理由

他の店ではやっていないメニューを揃えているからだと思います。
讃岐うどんの店なので、讃岐らしい“かしわ天、ちくわ天、半熟卵天”がセットになった讃岐セットが一番人気です。 
「ごほう天もやってよ」とお客様からよくリクエストをいただきますが、他の店でしていることはしないようにしています。
うどん学校で習ったとおり、1グラム単位で細かく材料や粉を計っていて味が一定しているのもいいのだと思います。

ありがたいことに、9割がリピーターのお客様です。
ねぎがお嫌いなことがわかれば次回から載せないようにするなど気配りを忘れないよう、お客様をよく見るように努めています。

 

広告はしない主義

うどん学校の教えもあり、広告は一切していません。                                        
食べに来たお客様がブログや口コミで広げてくださるので助かっています。
それに地元福岡の情報誌『ソワニエ』、『シティ情報Fukuoka』に取材していただいたこともあり、結構遠方からも食べに来ていただいています。

2年目からは、メンバーズカードを作って10ポイント貯まったら500円割引というサービスをして喜んでいただいています。
登録時に住所を記入してもらうので、佐賀や長崎など県外から来られていることも把握できます。

 

 

一杯のうどんにかける情熱

営業時間だけでなく、仕込みや掃除にもかなり時間をかけているので、スタッフはきついだろうと思います。
スタッフのやる気を引き出すのが課題だと思っていますが、今は2年位長く続くスタッフも出てきて感謝しています。
一杯のうどんの完成度を高めてお客様に喜んでいただくには努力が必要ですから。

 

 

開業する人にアドバイス 

他の店ではやっていないことをするのが大切ではないでしょうか。
それから、飲食店の営業時間は夜もするつもりならオープン時から始めた方がいいと思います。
夜はしていない店というイメージが付くと浸透するのに結構時間がかかりましたから。 

開業物語第8回 串揚げふくみみ

shop date                                                                                        
店 名 / 旬のさっくり串揚げ ふくみみ          
住 所 / 福岡県福岡市東区若宮3-1-29              
TEL / 092-201-0330
定休日 / 日曜 
営業時間 / 11:30~14:00 18:00~23:00
坪 数 / 20坪                                   オーナーの肥後さん   
席 数 / 18席                                      

                                                                                                                                                     

『串揚げ ふくみみ』様が開店10周年を迎えられました。
 2002年6月24日に東区若宮にオープンし、地元の皆さんに愛されているお店です。
オーナーの肥後聡さんに、開店までの道のり、そして開店後の10年間の日々についてお話を伺いました。

 

料理との出会い

私の母親がとても料理が上手な人だったので、中学時代から何となく「料理の道に進みたい」と思うようになりました。
料理のまねごとをしたりするのが楽しかったですね。
実家は自営で内装業をしていたので飲食業とは無縁でしたが、料理を仕事にしようと決心しました。

 

料理修行~串揚げとの出会い

大分出身なので、まずは別府のホテルに就職しました。
和食の料理の勉強になりましたが、「独立して自分の店を持つにはありきたりの料理だな」と感じていました。

そこで、31歳の時に福岡に出て「創作串揚げ」を学ぶことにしました。 
舞鶴の『梵(ぼん)』という店に、2年間と決めてお願いして修行させてもらいました。
とても恵まれた環境で、串揚げを教えていただき師匠には頭が上がりません。

 

 

店づくり

リードさんのことは、修行先の店に毎月ニュースレターMOLOが届いていたので知っていました。
33歳になり、いよいよ独立しようと思って話を聞きに行ってみました。
福泉社長が同じ大分出身で親近感が沸いたこともあり、ここにお願いしようと決めました。

店の立地は、「東区は串揚げの競合が少ないこと」「人口が多いこと」から若宮に決定しました。

店のデザインに関しては、担当の甲木さんに提案していただいた和の雰囲気やカウンターのランプなど、大変気に入っています。
お客様からも「店内の雰囲気がいい」と褒められます。

 

ふくろうづくし

店の外の大きなふくろうの置物は「このくらい大きくないとインパクトないでしょう」とアドバイスいただきました。

お客様からは、僕はふくろう好きと思われていて、この10年プレゼントやお土産でたくさんいただきました。
今では店内に数え切れないくらいふくろうがいます。


特別好きなわけではありませんでしたが(笑)、縁起物ですしお客様との話のタネにもなりよかったです。

(ふくろう→不苦労。福籠という語呂合わせから、縁起のいい生き物として人気です。)

 

 

 

ふくみみの魅力とは

昼は定食。夜はコースのみとういう、食事メインの店です。
月ごとに、串メニューが変わるので旬のものをおいしく揚げてお出ししています。
私のイチオシは、旬の魚を大葉で巻いて、刻みねぎをのせた串です。
自分はあまり愛想がいい方ではないので、カウタンーで楽しく話すというよりは串の味で喜んでいただければと思っています。

 

開業してからの10年を振り返って

いい時ばかりではなく、売上げの波があるので、大変でした。
5年目位までは順調でしたが6年目以降売上げが落ち、スタッフを雇わずに夫婦だけで運営するようになりました。

夫婦げんかもよくしました。
自分は感情の起伏が激しいタイプですが、穏やかな妻のおかげで継続して来られたと感謝しています。

 

実は去年2011年の1月に、ランチタイムは盛況なものの“ディナータイムに来店客ゼロ”という日が5回もありました・・・。 
そんなことは初めてだったので、店をたたんで別の仕事をすることを考え始めました。
夏には「あと1年でやめよう。」と決心しました。

すると、吹っ切れて気持ちが明るくなったためか、店が活気づいてお客様がまた増え始めました。
そして、不思議なことに2012年に入って売上げが徐々によくなってきたので、無事10周年を迎えることができました。

「これからも続けていこう!」と決意を新たにしています。

 

弟子の店が先に閉店したら、修行させていただいた師匠に顔向けできないと焦った時期もありました。
今後もおいしい串揚げを広めることが恩返しになると思うのでがんばります。

オープン3日目に初めて来てから10年通い続けてくれているお客様を筆頭に、7年8年と継続して来店してくださるお客様のおかげです。

 

これから開業する人へ

えらそうなことを言える実績はありませんが、「おいしいものを食べてもらいたい!」と思って作ることですね。
とにかく尽力すれば、気持ちが伝わるものです。

開業物語 第7回 家庭料理 じぃじ

shop date
店 名 / 家庭料理じぃじ 
住 所 / 福岡市中央区渡辺通2-9-17
T E L  / 092-714-6896
定休日 / 日祝日
営業時間/11:30~13:30(昼)

       17:30~22:00 (夜)

 ※土曜日はランチをしていません
坪 数 / 9坪
席 数 / 15席


 オーナーの佐川さん


未経験の飲食業で第二の人生を

 私は兵庫県西宮市生まれ、団塊世代真っ只中の63歳です。
関西の大学を卒業後、大手産業機械メーカーに就職し、営業畑で38年間を勤め上げました。
定年式が一緒だった110人中、再雇用を希望しなかったのはたったの10人。未経験の飲食業に飛び込んだのは私たった1人でした。


料理に目覚めたきっかけ


料理に目覚めたきっかけ小学校の頃、母の手伝いをした事がきっかけで料理を作る面白さに目覚めました。その後は、結してからも休日に料理を作ることが何よりのリフレッシュになりました。

これに自信をつけて、会社の同僚、部下を自宅に招いて手料理をふるまうようになりました。
そして「美味しい!」と言ってもらう度に、「人に美味しいものを食べてもらことで、こんな風に喜んでもらうことができるんだ」とうれしくなりました。
そして、「将来は飲食店をやってみたい」という夢を持つようになりました。

夢の実現に向けて


60歳の定年まで1年近くになった時、妻に「家庭的な野菜や魚を中心にした飲食店を始めたい」と思い切って打ち明けました。すると「全く経験のない飲食店なんてやめてください!」と大反対されました。
1年をかけて妻を説得したものの、何から始めたらいいか分からずに悩んでいると、今度は逆に妻の方から「やると決めたら、早く飲食店を持つ準備を進めたらどうですか?」と背中を押されました。
インターネットで「開業支援」をしてくれる会社を探し、「リード・クリエーション」さんを見つけました。
勇気を出して相談に伺ったところ、まず開業の知識を学ぶ「勉強会」に参加することを勧められました。

修行から開店へ

 

「リード・クリエーション」さんでは、開業勉強会に始まり、物件紹介、店舗づくりのサポートをしていただきました。
さらに退職後、飲食店に一度も勤めた経験がなかった私を、短期で修行させてもらえるお店まで紹介してもらいました。
お店のまわし方や運営の仕方は、こちらで4ヶ月程勉強させてもらいました。

そして平成20年12月18日、家族の全面協力を得て、10坪弱のお店を無事開店することができました。
屋号の「じぃじ」は、妻や娘やに呼ばれていたニックネームから名付けました。
開業後も、マスコミあてのプレスリリースのサポートをしていただき、FBS「めんたいワイド」というテレビ番組に取材していただくことができました。

オープンしてからの日々

料理を作る上での不安や心配に加えて、接客に関しては初めてのことなので最初は大変緊張しました。
しかし、それも日を追うごとに慣れてきて、3年目の今では色んなお客様との会話を楽しめる余裕が出てきました。
お客様は中高年の男性サラリーマンが主ですが、欲を言えば社会人真っ只中の若い人達とも、もっともっとふれ合いを持ちたいと願っています。

健康面は、勤務中に73kgあった体重は55kgに減量しました。健康診断で悪かった数値も改善し、体調はすこぶる良好です。

好きなことを仕事にする充実感


お客様から「好きなことが出来て羨ましいですね」と言われることがあります。
現在、充実した第二の人生を完全燃焼をすべく毎日奮闘しています。好きなことを仕事にできたのは、本当にしあわせなことだと思います。

昨今の不景気によるリストラ・早期退職や、まだ体力も気力も残っている定年後の身の振り方を考えあぐねておられる方も多いと聞きました。
私の起業経験が、少しでもそういう方達の励みになればうれしく思います。


開業物語 第6回 串かつ屋 あげ升

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店 名 / 串かつ屋 あげ升 
住 所 / 福岡市中央区春吉2-2-26
T E L  / 092-715-3325
定休日 / 日曜日
営業時間/18:00~24:00
坪 数 / 16坪
席 数 / 27席

  

 

 

 

 

 

 

オーナーの 北垣邦憲さん

 

心に決めた日

 

兵庫県の田舎、祖父母は農業を営み、父は会社員として、母はパートとして働くいたって普通の家庭で育った店主北垣。小学生のとき、調理実習で習った料理を家で作ってみた。
「お母さんが作るのと全然違う!美味しい!」と家族の喜ぶ顔を見て、料理って作る人によって味が変わるんだ!と、料理に興味を持った。ちょうどその頃、テレビで始まった「料理の鉄人」を見て、料理人ってかっこいい!大人になったら鮨職人になる!と心に決めた。
一方、熊本市内でラーメン屋を営む両親の長女として育った女将の涼子。小学生のとき、父が事業拡大に失敗し、家も店も財産も全て失くし、両親は離婚。自分は絶対に同じ道には進まないと心に決めた。

 

 

辻調理師専門学校へ

 

北垣は、高校卒業後、両親の大反対を押し切って、幼い頃から決めていた料理の学校へと進学する。そして、生活費を自分で稼ぐために、一年間住み込みでアルバイトをさせてもらったお店が、大阪新世界の老舗串かつ屋「八重勝」だった。

涼子
は、高校2年生のとき、親友の突然の死がきっかけで、その友人が喜んでくれていたたお菓子を作ってお墓参りを繰り返すうち、お菓子を学びたいと思うよ うになった。お菓子の専門学校へ行きたいと母親に相談するが母親は大反対。なんとか説得し、料理学校だったらと許してもらい、辻調理師専門学校へ進学す る。

たちは同じクラスになり、同じ道を志す仲間として励まし合う存在になった。

そして一年後、卒業。 北垣は、夢だった大阪の老舗高級鮨屋に就職。 涼子は、福岡の老舗フランス料理店に就職。 それぞれの道での修行が始まった。

その年に、幼い頃から決めていた料理の世界を志すべく辻調理師専門学校へ入学し、住み込みのアルバイトとして八重勝に入ったのが、あげ升の料理長の憲治だった。

 

 

自分がやりたいことに気付く!

北垣は、鮨屋に入って初めて気が付いた。「自分は串かつがやりたい!」と。一年間の八重勝での仕事で、すっかり串かつの世界に魅せられていたのだ。鮨屋に就職して半年後、八重勝の専務に相談すると、戻って来いと言って頂いた。
両親にこっぴどく怒られながらも、鮨屋を退職し、八重勝に社員として入社した。
それからは、串かつを極めるため、必死に修行を重ね、めきめきと頭角を表す存在となる。
一つ年下の料理長憲治も、学校を卒業後そのまま八重勝に残って8年ほど修行。
北垣
と憲治は、超繁盛店の八重勝で共に仕事をしながら、信頼関係を築いていった。

涼子は、就職したフランス料理店での厳しい修業に耐えながら、厨房での料理もホールでの接客も両方していた。もうすぐ3年目になるというとき、自分はどう してお菓子を作りたかったのか、料理と接客とどちらが好きなのか・・・と真剣に考え始めた。そして、気付いた。「ひとの喜ぶ顔を見ることが私の幸せ!私は 接客のほうが好きなんだ」と。

私たちは、大阪と福岡で離れていても、いろんな相談をし合える良き友人だった。いつしか自然と交際が始まり、23歳で結婚。 「二人で串かつ屋を出そう」という目標は、ごく自然の流れだった。 それも、北垣は福岡に遊びに来るうちに、すっかり福岡を気に入り、 「福岡には串かつ屋がない。自分の店は福岡に出す!」と結婚前から決意していた

 

結婚と同時に開業準備スタート

 

北垣は、それまでと変わらず八重勝での修行を続け、結婚を機に大阪にやってきた涼子は、接客に力を入れている飲食店にアルバイトとして入社。接客や経営についてさらに深く学び始める。

結婚して
最初の1年で、お互いのローンを全て返済し、その後3年間で開業資金として900万の貯金をすると決意。 3年で900万貯めるには、一ヶ月25万の貯金が必要だった。 涼子は、福岡で暮らす母へ仕送りもしていたため、飲食だけでは必要な分を稼げないと腹をくくり、目標をクリアするために、昼の飲食店と掛け持ちで、夜はテ レアポの仕事も始めた。テレアポの仕事で学んだ接客の技も、涼子にとっては大きな財産となった。 朝から夜遅くまで、毎日がむしゃらに働いて、毎月25万の貯金を一月も欠かすことなく2年半続けた。
そして、26歳の春、北垣がいよいよ見切りをつけ、やろう!と言い出した。
その年、2006年の9月末で二人とも大阪の職場を退職し、翌月10月に、福岡に引越し。最初の予定より半年早く退社したため、貯金できたお金は750万だった。

北垣の両親の反対を押し切っての引越しだった。 後ろ髪をひかれながらも、いよいよ福岡での開業準備が始まる。

 

 


リード・クリエーションとの出会い

大阪にいる頃から、店舗設計やデザインなどを任せられる会社をネットで探していた。そこで、数ある会社の中から、たった一つだけ、信頼できると感じられたHPを見つけた。
それが、リード・クリエーションだった。何度かメールでのやり取りをして、福岡に行ったら連絡をします、と伝えていた。

 

 


 


あげ升オープンへの道のり

 

いよいよオープンに向けて本格的に動き始めた。
直感で決めた春吉の物件は、場所柄、親戚に猛反対された。
でも、リード・クリエーションの社長は賛成してくれた。さらに、同じビルの隣で営業しているバーが、たまたまリード・クリエーションが手がけたお店だったため、オーナーのお二人に相談することができ、そして、迷いはなくなった。
ここに人生をかけてみようという覚悟ができた。
2006年12月から始めたブログも、出会えた方々との交流に大きく貢献してくれ、応援してくれる方がどんどん増えていった。
勉強会にもできる限り参加し、先輩方にアドバイスをたくさん頂くうちに、自分たちのコンセプトは磨かれていった。
「旨い串かつと旨い酒。そして最高のサービスで、感動を提供する。」

 

これを軸に、全てを進めていった

 

八重勝から頂いた一週間

 

2007年の1月、八重勝の専務から「福岡の大丸で催事をやってみないか?」と誘って頂く。もちろん、「八重勝」としての出店だが、もうすぐ福岡でオープンするあげ升のチラシを配ったらいい、宣伝にも良い練習にもなるはずや、と声をかけて頂いたのだ。
料理長の憲治も大阪から駆けつけて、一週間、北垣の家に泊り込んだ。
福岡で、大阪の串かつが受け入れてもらえるのか・・・
緊張と不安で始まった大丸での祭事は、一週間で一万本の串が売れるほどの大成功だった。仕込み、仕入れ、移動、販売・・・寝る暇もない過酷な一週間だったが、三人にとって、これは大きな励みになった。ものすごい量のチラシを配ることもできた。

 

父からの一言

商 売をすること、福岡にお店を構えることに大反対だった北垣の両親に、福岡に来てからはまめに手紙やメールを送って近況を報告した。今日は、こんなことを勉 強した、こんなひとに出会った、お店が出来てきた、開店の日が決まった・・・等など、決して軽い気持ちでお店を出そうとしてるわけではないことを伝えた かった。
お店は完成し、オープンの日が差し迫った頃、突然、兵庫の田舎から、両親が福岡までやってきた。そしてこう言ってくれた。
「頑張ってしっかり稼ぎなさい。」
その一言が、私たちにとってどれだけ嬉しい言葉だったか・・・
両親もようやく認めてくれた!やるしかない!

 

27歳の春、2007年3月3日18:00・・・いよいよ、あげ升開店!

 

 

お店の外にまで溢れかえったたくさんのお祝いの花を目の前にして、こんなにもたくさんの方が、自分たちを応援してくれ、支えてくれているんだと、胸が熱くなった。
そして、18時にオープンすると、感動する間もないほどの忙しさだった。
それから、毎日山のようにでてくる反省点を、一つ一つ改善していき、お店も自分たちも確実に成長させていけるよう、必死で頑張った。
気が付いたら、テレビや雑誌がどんどん取り上げてくれ、毎日満席になった。

 

27歳で独立したというと、「若い」とよく言われるが、その道を志してからの年月は決して短くなかった。
この道で生きていこうと覚悟を決めた日から、一日一日を必死に修行してきた年月の深み。
それを、あげ升で自分たちらしく表現できることを、今とても幸せに思う。
「福岡に串かつ屋あげ升あり」と云われる日が来ることを目標に
お客様に感動を与えられるお店となれるように

これからも、人生をかけて、精一杯、最高の仕事をしていきたい。

開業物語 第5回 美容室アンドゥドゥ

オーナーの林さん

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店 名 / 美容室 アンドゥドゥ 
住 所 / 福岡市博多区吉塚5-1-5
T E L  / 092-629-2500
定休日 / 月曜・第3火曜
営業時間/10:00~19:00
坪 数 / 50坪(1・2F)
席 数 / セット 10台
シャンプー  6台


サービス業への目覚め

 「コーヒー飲みたいなぁ・・・」
夕食のあと家族揃ってTVを見ている親父がひと言。夢中になって「8時だよ全員集合」を見ていた私のアンテナにピピッときます。
「もう、しょうがないなぁ、コーヒー飲みたい人誰?」全員の手が上ります。出来立てのコーヒーをお盆に載せ、リビングのテーブルに・・・すると「ヒロタカ の淹れてくれたコーヒーは美味しいね」「ほんとコーヒー淹れるの上手だね」楽しみにしていた加藤茶のコントを見れなかったのも忘れ、私は満足げに家族の顔 を見渡した。このときの満足感を得たいために、20年後独立するなどとは夢にも思わなかった、小学校4年生のある晩の出来事でした。


18歳でラーメン屋開店!

月日は流れ18歳の春。
大学受験に失敗した私は、親に言われるがまま中華料理屋の門を叩いていました。もとはといえば地方公務員でもある親父がどうしても商売をしてみたいが、仕事を辞めるわけにもいかず、受験に失敗した息子を使い、自分の夢を叶えようとした末の結論でした。
大学に落ち浪人しようと思っていた私は、中華料理店の見習いとして、とりあえずスープの仕込みと中華鍋の振り方を覚えると、たった3ヶ月の修行でラーメン屋を開店してしまったのでした。





ラーメン屋にピリオド!

そんな調子で親父の実家、長野県飯田市にオープンしたラーメン屋。開店当時1年くらいは、そこそこお客さんも来て、調子に乗ってフェアレディZの新車を購 入!しかし、所詮は素人商売、徐々に売上げは落ち込みはじめる、そこでスープだけではなく麺も自家製麺に変えたりと売上げを上げるための試行錯誤の日々が 続く。しかし、いくら頑張ってもダメなものはダメでした。開店から5年、ラーメン屋は閉店する事になりました。



フリーター生活で学んだ「おもてなし」

ラーメン屋を失敗し、東京に戻ってきた私は、とりあえずアルバイトを始めました。派遣で紹介してもらって始めたホテルのレストランでのウエイターの仕事、ウエ イターというと、トレイに水を載せて出し、注文を聞いて料理を出すだけだと思っていたんですが、これが大間違い、甘かった!
メニューはなんと全て中国語、そしてドリンクや料理の出し方の細部にわたるサービスの基本、当然フロアに立っているときは私語は一切禁止!神経を張り詰めっぱなしの毎日でした。
しかしそんな日々の働きを買われ、ホテルのバーのマネージャーに誘われ、なんと憧れのバーテンダーデビューを果たすのでした。この時期、ホテルでの様々な仕事で「サービス」や「おもてなし」というものの形を勉強できました。




東京を離れ、いざ博多へ

しかし、この仕事とも別れのときが・・・25歳にして定職を持たない息子を心配している親を見て「ココにいてはいけない、一旦東京を離れよう」と決めた私 は、博多に行き再びラーメン屋の修行をすることに決めました。親戚の手を借りて、なんとかラーメン屋に就職することが決まった私は、吉塚にアパートを借り ました。




運命の出会い・・・・!

布団と洗濯機だけを持ち込み、なんとか住める環境を確保し、初出社の前、気持ちを新たに髪を切ろうと、バス通りに出て美容室を探しました。当時通り沿いに あったのはY美容室さんと、赤いタイル張りの美容室・・・。迷った挙句、私が入って行ったのは赤いタイル張りの、そう現在の”アンドゥドゥ”(旧フロアマ マ吉塚店)だったのです!その選択がその後の、私の人生を大きく変える運命の選択だったとは、当時の私は考えもしませんでした・・・。お店に入りイスに腰 掛け、「今日はどうなさいますか~」と声をかけてられ、当時カットし
たかパーマかけたかは、全然覚えていないのですが、ものすごく鮮明に覚えているのが、
話をしながら「博多に来て始めて口を利いた、あかの他人がこの人か~、これでこの人と結
婚とかしたらTVドラマみたいだな~」と妄想したことなのです。
そして話はTVドラマのように展開していったのでした。



28歳美容人生のはじまり

それから数年後、結婚、そして子供も生まれ、当時ラーメン屋を辞め、ホテルのレストランの責任者として働いていた私は、「このままでいいのか?」と自問自答 する日々に終止符を打つべく、フロアママの門を叩くことになりました。28歳のいい大人の私が、「自分の店を持つ!」と決意をし、美容人生をスタートさせ たのですが、18歳で10歳年下の先輩美容師達にあごで使われながらの修行は、今でこそ言えますが、結構厳しいものでした・・・。




美容室アンドゥドゥのスタート

それから3年の見習いを経て、フロアママ本社社長からチャンスを頂き、お店の権利を譲り受け、自分の城「アンドゥドゥ」としてスタートすることができました。
九州に来て大勢の方との出会い、その全ての方に支えられ励まされながら、どうにかこうにかココまでくることができました。
これからは、自分の夢を追い続けるのはもちろん、今の私を支えてくれるスタッフや、お客様の夢を叶えるお手伝いが出来るよう、力の限り頑張っていきたいと思います。



 

開業物語 第4回 餃子専門店 黒兵衛

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店主の執行さん

店 名 / 餃子専門店 黒兵衛 
住 所 / 福岡市南区大楠2丁目13-7
T E L  / 092-522-1726
F A X  / 092-551-8825
定休日 / 月曜日(月曜日が祭日の際は営業)
営業時間/11:00~20:00 
坪 数 / 10坪
席 数 / 4席


餃子物語のはじまり

それは店主、執行豊の物語でもある。
昭和23年、福岡市に生まれ西南大学卒業後、2年間のサラリーマン生活を送るが、病に倒れ退職。数年間のフリーター生活を経て、金融業を始めると業績は順 調に伸びていった。そんなある日、知人の保証人になった為、多額の借金をかかえしまい生活は一変し、食事代にも事欠くようになった。




餃子との出会い

そんな状況のなかでも、周囲の協力もあり平成9年11月に福岡市中央区
舞鶴に飲食店を開業することになる。
もともと食べることが好きで、あちこち食べ歩いてはいたものの料理など全く自信が無かった。
そんな時、父 の戦友でもあった宮崎県延岡市在住の黒木清氏に出会う。黒木氏は地元で約50年のキャリアを持つ餃子一筋の方である。
約半年間、黒木氏宅で修行させて頂いた。餃子作りは一見簡単そうに見えて、いざ実際自分で作ってみると師匠の味とはまったく違い、自信がないままのスタートでもあった。




挫折・・・ふと気づけば居酒屋に

開店はしたものの案の状、来店が多かったのは開店当初だけで、その後 は数えるくらいの来客数の日々が続く。
そのうち徐々に餃子以外のメニューを増やすことで少しづつ売上げは上がるが肝心の餃子の売れ行きは伸びず、いつしか餃子専門店が居酒屋になってしまった。 4年間頑張ったが、心労が重なり、急性腹膜炎で入院、胃の4分の3を切除して、何とか命は助かったがお店は閉店を余儀なくされることになる。




もう一度餃子を・・・

またまた、生活に事欠く日々が続く、そんな中、「もう一度餃子専門店を・・・」という餃子一筋に賭ける決心のもと、平成11年南区玉川町に店を構える。とはいっても立地は人通りの少ない路地裏、住まいを兼ねた店舗の面積はわずか二坪からの再出発である。
それからというもの脇目もふらず餃子一筋、餃子まみれの日々が続く。
原価も考えず、とにかく美味しい餃子を作ろうと、塩、水、肉、野菜等良いものを日々探し求めた。また、皮の厚さも試行錯誤の結果、美しいきつね色に仕上が る現在の厚さになった。最初の1年間は売上げこそ少なかったが、研究 時間もたっぷりあり、日々研究を重ねることに専念した。




天からのご褒美

餃子の味に自信ができ始めた頃、「やずや」さんのコミュ二ティ誌に掲載されたり、口コミで除々にお客さんも増え始めてきた。
そんな時KBC放送「アサデス」のお取寄せ餃子で2回取り上げて頂き、店は大ブレイク!夫婦二人ではこなしきれずスタッフを動員。
店を立ち上げるまでの苦しい日々を振り返り、多くの方に励まされ助けられた感謝を感じる時期でもあった。



北九州リバーウォーク

こうして次から次にメディアに取り上げられた事で、平成16年4月北九州 市のリバーウォーク施設内「餃子の小径」への出店依頼の話しが飛び込んで来る、期間限定ということもあって出店を決意した。
第3回餃子バトルでは見事1位になるなど、北九州でも順調な売上げを続けた。






新たな出発

黒兵衛は、皮から具まで全て手造り、売上げがあがると共に、二坪の店舗では作業が出来なくなる、厨房の狭さに加え、買いに来て下さるお客様の駐停車で近隣の 方にご迷惑をおかけする様になる。更に日曜 日も営業してほしいとのたくさんのお声をいただき、南区大楠の現店舗へ移転を決めた。広くなった事で作業性も良くなり、路地裏から表通りへと移ったこと で、認知度も上がりお客さんも増えてきた。






いつだって一生懸命

餃子専門店「黒兵衛」は生産ルートにこだわり、たくさんの野菜を体に、どこよりも美味しい黒豚で、ラーメンだって作れるスープを国産小麦に練りこんで、食から栄養を体に取り込むことを大切に1つ1つ手づくりしている。
黒兵衛を好きといって下さるお客様の想いを餃子の中にいっぱいつめてお届けしたい。
それがずっと変わらぬ黒兵衛のコンセプトである。




開業物語 第3回 サプリ ヘアクリエーション

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店 名 / サプリ ヘアークリエーション
住 所 / 福岡市早良区原6-29-12
TEL / 092-846-5810
定休日 / 毎週 月 第3火(祝日の場合は営業)
営業時間 / 9:30~19:30
開店日 / 2005年 6月22日
坪 数 / 12.5坪
席 数 / セット 4台
シャンプー 2台

オーナーの
松本さん

サプリ ヘアクリエーション

 

美容師になろう。

美容師になろうと思ったのは、中学生の頃です。
その頃流行ってた歌手の髪型を真似てみたくて、床屋じゃなくて美容室に行きました。
結果は・・・、髪の長さが足りなくて、思っていたのとは全然違う仕上がりになってしまいましたが・・・。
けれど、 美容師という仕事に興味を持ったのは確かにその時でした。
それで、中学3年の時、親に美容師をやってみたいと相談したら知り合いの美容業界の方を紹介してくれました。
その方に「高校を出て、気持ちが変わらなければもう一度来なさい。」と言われ、高校3年の時もう一度、その方に相談に行きました。
すると大阪で1,2を争うお店を紹介してくださり、「石にかじりついても、5年間やってみなさい。」と言われ、単身大阪に出て、働きながら美容師の勉強をしました。


美容師としての修業。

大阪での暮らしはとても厳しい修行の毎日でした。
2畳の部屋に住んで、昼はサロン、夜は勉強で美容師の資格を取りました。けれど今思えば、その苦労が全部、今の美容師としての自分の基礎になっていますね。
5年が過ぎ、大阪を離れロンドンに1ヶ月ほど留学をしました。帰ってくると、先輩から「名古屋で新しいサロンをはじめるから、立ち上げを手伝ってくれないか?」と誘われ、名古屋に。
そこで1年半ほど働いたのですが、先輩がスタイリストから経営者へと変わっていくのを、身近で見ていてサロン経営の難しさみたいなものを感じましたね。



自分を磨いていこう。

経営というものを考えはじめる傍ら、スタイリストとしての自分をもっと磨いてみたいとも考えていました。
そこで、東京にあるメイクの学校を受験しようと考えたのです。
その学校に入るためには試験があって、全国から美容師が集まってくる難関でした。学費を稼ぐために、地元に帰って半年間お金を貯めるために、勉強しながら朝も夜も働きました。
そんな努力の甲斐あって、合格者20人という狭き門をくぐり抜けて、その学校で1年間勉強しました。歌舞伎のメイクやら、メイクの歴史、美大の先生を呼んでのデッサン・・・。ひたすらクリエイティブで、 周りの人間や環境に刺激を受けた毎日でした。

 




華々しい世界と両親の言葉

メイクの学校を出ても、そのまま東京に残り、サロンに勤めました。当時自分はテレビ局や雑誌のスタイリストの仕事もしていたのですが、華やかな世界に身を置きながらも、やっぱり自分のお店を持ちたいと考えるようになりました。
独立して自分のお店を持つことを深く考えはじめた頃、ちょうど両親から「九州に帰ってきてくれないか?」と言われました。
自分も30歳。ずっと応援してくれた両親の求めに応じ、福岡に移りこの地での独立開業を本格的に考えることにしたのです。

 



独立を決心させたのは・・・「ネット占い」?

福岡で独立を考えながら働き出したある日、何の気ナシにインターネットで自分の運気を占ってみました、すると「今年は何をやってもダメ!」・・・ んん・・・。
違う占いをやってみたら「今年は勝負の年、必ずうまくいく!」・・・・よっしゃ!勝負!
と、言いうわけでその年の独立を決心しました。けれども別にいい加減な気持ちだったわけではありませんよ。”きっかけ”みたいなものだったと思います。 ちょうど子供が生まれて、精神的にも、年齢的にも今が一番気力が充実しているんじゃないかな?と思った所の占いで、一気に弾みがついたんだと思います。

 





お店を作るということ、経営者になるということ。

実は最初、ただ単に手を掛けずにお店を持ちたい、とだけ考えていました。しかし、相談に行ったところがまずかったのか、紹介される物件もしっくり来ないし、 「チラシをまけばお客さんは来ますヨ!」なんて調子のいいことばかり、挙句、うたい文句と違った契約内容だったのです。
これはいけないと思い、もう一度自分で店舗の内装会社を探しました。すぐに相談に行ったら「それはいけない、あなたは経営者になるんだから。」と言われ、もっと経営の勉強をして独立を考えなければ!と一念発起。
最初の会社を断り、店づくりは相談に行った内装会社にお願いして、自分は美容師としてのサロンワーク以上の、「経営者としての勉強」をはじめました。



全ては「サプリ」という言葉

まず最初にお店の名前「サプリ」を決めました。
そして自分はどんなお客さんに来て欲しいか?どんなところにそんな人達はいるか?そう考えて立地を決めました。
また、お店のデザインや、設計の大まかな所は担当のデザイナーさんに任せました。自分もお客さんのスタイルを作るプロとしての経験上、細々としたことを指 定されるより、大まかなイメージを共有し、後はプロに任せた方が、より良いものを作り上げられると思ったからです。 だから、こだわったのは自分が持っている「サプリ」と言う言葉のイメージをいかにデザイナーさんに伝えられるか、また、デザイナーさんがそれをどれだけ実 現してくれるかどうか?という点です。

 



経営者としてのスタート

工事期間中はとにかく、ひたすら経営の勉強をしました。
午前中はポスティングしながら、近所の雰囲気や交通量を見たり、午後は現場の状況を確認して、経営の本を読んだり、勉強会に出たり。
そこで、「自分にしかできないこと」を「サプリ」の特徴に打ちだそうと考えました。
そして引き渡しの後、ずっと薬剤の調整をしていました。オープンぎりぎりまで、毎日2,3人づつ知り合いに来てもらって、全部で20人くらいですかね。と いうのも、自分は知識、特に「髪に優しいパーマ・カラー」の知識や腕に自信があって、それを「サプリにしか出来ないこと」にしようと思ってこだわりまし た。


2005年6月22日9時30分・・・オープン

初日はずいぶん予約もあったんですが、オープンした最初の頃はなかなか思うとおりにはいかなかったですね。
けれど、「こんなもんかなぁ」と、必要以上に焦らなかったと思います。なぜなら、お客さんもない、あまり縁のない土地お店を出したのだし。・・・しかしそれ以上に自分がしてきた経営の勉強やリサーチ、そして、たくさんのこだわりに自信があったんです。
今では「サプリ」のこだわりに共感してくれるお客さんがずいぶん来てくれるようになりました。
先日、偶然大阪時代の厳しい修業時代を乗り越えた仲間達と会うことが出来ました、それぞれ自分の店を持って頑張っている姿に、自分も負けてられないと思っています。

 



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